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東京高等裁判所 平成5年(行ケ)29号 判決

大阪市中央区道修町3丁目5番11号

原告

日本板硝子株式会社

同代表者代表取締役

中島達二

横浜市緑区長津田町4259

東京工業大学精密工学研究所内

原告

伊賀健一

原告ら訴訟代理人弁理士

下田容一郎

小山有

片岡修

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

清川佑二

同指定代理人

綿貫章

吉野日出夫

幸長保次郎

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告ら

(1)  特許庁が平成2年審判第4826号事件について平成5年1月14日にした審決を取り消す。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告らは、昭和57年3月31日名称を「光結合器」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和57年特許願53349号)したところ、平成2年2月27日拒絶査定を受けたので、同年3月27日審判を請求し、平成2年審判第4826号事件として審理されたが、平成5年1月14日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は、同年2月23日原告らに送達された。

2  本願発明の要旨

表面を平面状とした透明基板内に平凸レンズ部分を前記表面と面一に一体的に形成した平板マイクロレンズを設け、この平板マイクロレンズのレンズ形成面側を相対向させて複数枚積層してなる積層体の一端面に、光ファイバーをその先端部が上記レンズ部分の軸線と一致するように接合し、更に上記積層体の他端面に、光源又は光検出子のいずれか一方をレンズ部分の軸線と一致するように接合したことを特徴とする光結合器(別紙図面1参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

(2)〈1〉  昭和56年特許出願公告第7203号公報(以下「引用例1」という、別紙図面2参照)には、円柱状のレンズを設け、この円柱状レンズのレンズ形成面側を相対向させて複数枚積層してなる積層体の一端面に、集束性光ファイバーをその先端部がレンズ部分の軸線と一致するように接合し、更に上記積層体の他端面に、光源をレンズ部分の軸線と一致するように接合した光結合器が記載されている。

〈2〉  昭和55年特許出願公開第135806号公報(以下「引用例2」という、別紙図面3参照)には、表面を平面状とした透明基板内にミクロン単位の大きさの半球状レンズ若しくは平たいレンズ部分を前記表面と面一に一体的に形成した石英ガラス板と、この石英ガラス板のレンズ形成面側を相対向させて複数枚積層してなる光結合器に用いる積層体が記載されている。

(3)〈1〉  本願発明と引用例1記載の発明とを対比すると、引用例1記載の発明の「集束性光ファイバー」及び「光源」は、本願発明の「光ファイバー」及び「光源」にそれぞれ相当する。

〈2〉  したがって、両者は、「レンズを設け、このレンズのレンズ形成面側を相対向させて複数枚積層してなる積層体の一端面に、光ファイバーをその先端部が上記レンズ部分の軸線と一致するように接合し、更に上記積層体の他端面に、光源をレンズ部分の軸線と一致するように接合した光結合器」を構成した点で一致する。

〈3〉  そして、本願発明の積層体が、表面を平面状とした透明基板内に平凸レンズ部分を前記表面と面一に一体的に形成した平板マイクロレンズを設け、この平板マイクロレンズのレンズ形成面側を相対向させて複数枚積層させた構成であるのに対し、引用例1記載の発明は、円柱状のレンズのレンズ形成面側を相対向させて複数枚積層させたものである点で相違する。

(4)  この相違点について検討する。

〈1〉 引用例2には、表面を平面状とした透明基板内に半球状レンズもしくは平たいレンズ部分を前記表面と面一に一体的に形成した石英ガラス板が記載され、この石英ガラス板は、その半球状もしくは平たいレンズ部分が平凸レンズであると認められ、また該レンズ部分はミクロン単位の大きさである旨の記載があることから、引用例2には、本願発明の平板マイクロレンズとその構成上格別差異のないレンズが記載されており、さらに、このレンズをそのレンズ形成面側が相対向するように複数枚積層して光結合器に用いる積層体とすることも記載されているから、この積層体は本願発明の積層体と格別差異のないものと認められる。

〈2〉 してみれば、この引用例2記載の発明の光結合器に用いる積層体を引用例1記載の発明の光結合器の積層体として採用して、本願発明のように構成することは、当業者が容易になし得たことと認められる。

そして、上記相違点の構成に基づく本願発明の作用効果は、引用例1及び引用例2記載の発明から当業者が予測できる程度のものである。

〈3〉 したがって、本願発明は、引用例1及び引用例2の記載に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

4  審決の取消事由

審決は、本願発明について、引用例1及び引用例2の記載に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたと判断するが、原告らは、当該拒絶理由の通知を受けておらず、審決には、事前に原告らに意見を聞く機会を与えずに審決をした手続的瑕疵があり、また、本願発明と引用例1記載の発明との一致点の認定を誤り、かつ両発明の相違点についての判断を誤った結果、本願発明は、引用例1及び引用例2記載の発明に基づいて、当業者が容易に想到し得たとしたもので、その実体的判断に誤りがあり、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  取消事由1(手続的瑕疵)

審決は、「引用例2記載の発明の光結合器に用いる積層体を引用例1記載の発明の光結合器の積層体として採用して、本願発明のように構成することは、当業者が容易になし得たことと認められる。」と判断した。

ところで、審査の段階で示された拒絶理由をみると、拒絶理由通知書には、「a.特開昭53-34538号公報」「b.特開昭55-135806号公報」とあり、「この出願の発明は、aに記載の光結合器において、光集束手段を公知の平板マイクロレンズ積層体(上記b)で単に置き換えたものにすぎない。」と記載され、拒絶査定の謄本には、「レンズ表面に光源又は光検出子、光ファイバを接合した点は、周知事項の単なる付加であり(たとえば、特公昭56-7203号公報参照)、格別な事項とは認められない。また、平板マイクロレンズ積層体を光ファイバの結合に適用することが公知であることを考慮すれば(昭和57年度電子通信学会総合全国大会、講演論文集〔分冊4〕(昭和57-3月)P58、59参照)、引用例bに記載の事項を引用例aに記載の光結合装置に適用して本願発明を想到することは、当業者が容易に成し得ることである。」と記載されている。

上記から明らかなように特公昭56-7203号公報(本訴の引用例1)は、「レンズ表面に光源又は光検出子、光ファイバを接合した点」に関して引用されたものであり、「光結合器の積層体とした点」に関して引用されておらず、この点に関して引用されたのは、審決が最初である。

また、特公昭56-7203号公報(本訴の引用例1)と特開昭55-135806号公報(本訴の引用例2)記載の発明とを組み合せて本願発明が成立するとの理由も、審決において初めて示されたものであり、それ以前に同様の内容は示唆すらされていない。

したがって、審決は、特許法159条2項で準用する同法50条に違反してなされたものであり、取消しを免れない。

(2)  取消事由2(一致点の認定及び相違点に対する判断の誤り)

〈1〉 審決は、引用例1に「レンズ形成面側を相対向させて複数枚積層してなる積層体」が示されており、この点において本願発明の構成と一致すると認定している。

しかしながら、引用例1には、レンズ表面に光源や光ファイバーを接合した点は開示されているが、引用例1に開示されるロッドレンズは、すべてがレンズであり、レンズでない部分は存在しない。レンズ形成面側を相対向させるという概念は、本願発明のようにレンズ部分とレンズでない部分とが1つの部材に存在して初めていえることであって、引用例1にレンズ形成面側を相対向させることが開示されているとはいえない。

また、円柱状のロッドレンズを数えるのに複数枚とするのも無理がある。

したがって、審決の一致点の認定は誤りである。

〈2〉 引用例1記載の発明の光伝導体は、中心部から外周部に向かって徐々に屈折率が変化するいわゆるロッドレンズであり、ロッドレンズの中心部(最も屈折率が大きい部分)に光ファイバーの先端を直接接合した構成が示されている。しかしながら、引用例1記載の発明の積層体は複数のレンズからなり、レンズ以外の部分は有していない。

引用例2には、審決が認定するとおりの光結合器に用いる積層体が示されていることは認める。しかしながら、引用例2には、この積層体と光結合器との関係は何ら示されていない。少なくとも、引用例2の第6図においては、積層体の端面、つまり、レンズを形成していない端面に光ファイバーは接続されていない。

〈3〉 審決は、「引用例2記載の発明の光結合器に用いる積層体を引用例1記載の発明の光結合器の積層体として採用して、本願発明のように構成することは、当業者が容易になし得たことと認められる。」と判断した。

前記〈2〉で主張したように、引用例1記載の発明は、中心部から外周部に向かって徐々に屈折率が変化するいわゆるロッドレンズについてであり、引用例1には、ロッドレンズの中心部(最も屈折率が大きい部分)に光ファイバーの先端を直接接合した構成が示されており、この積層体は複数のレンズからなり、レンズ以外の部分は有しておらず、光ファイバーはレンズに直接接合され、非レンズ部分には接合されていない。

このような接合構造を残したまま引用例2記載の積層体を引用例1記載のロッドレンズの部分に嵌め込んだ場合、引用例1及び引用例2記載の発明には、非レンズ部分に光ファイバーが直接接合された構成がないので、別紙参考図(別紙図面4)のような構造のもの、すなわち、積層体をレンズ部分で切断し、その断面のレンズ部分の中心に直接光ファイバーが接合された構造のものしか得られない。

したがって、引用例1記載の発明に引用例2記載の発明の積層体を適用しても、相違点に係る本願発明の構成を得ることはできない。

〈4〉 審決は、「相違点の構成に基づく本願発明の作用効果は、引用例1及び引用例2記載の発明から当業者が予測できる程度のものである。」と判断した。

しかしながら、本願発明は、平板マイクロレンズ(積層体)のレンズが形成されていない面に光ファイバー(又は光源)を接合する構成によって、極めて大きな作用効果を発揮するものである。

つまり、本願発明にあっては、レンズ部分と光ファイバー先端との間に非レンズ部分(ガラス部分)が介在しているため、レンズ部分と光ファイバー先端との間に異物が挟まることがない。異物が挟まらない点においては、引用例1記載の発明も同じであるが、本願発明にあっては、非レンズ部分の厚みを変えてもレンズ部分の特性には何らの影響を及ぼさない。このため、他の素子に合わせて積層体の厚みをレンズ特性に影響を及ぼすことなく自由に変更することができる。引用例1記載の発明では、全部がレンズであるので、その厚みを変更すれば当然レンズ特性も変更するので、他の素子と組み合せて用いる場合に極めて自由度が小さい。

また、非レンズ部分の厚みを一定に製作するのは容易であり、このため、本願発明においては、多数のレンズ部分と多数の光ファイバーにつき、それぞれの間隔を一定に保った光結合器を簡単に製作することができるが、引用例1記載の発明のようにロッドレンズのみを用いた場合においては、このような構成をとることは困難である。

このように、本願発明においては、レンズ形成面でない積層体の端面に光ファイバーを直接接合したこと、つまり、レンズ部分と光ファイバーとの間に非レンズ部分が介在していることが極めて重要なことであって、審決は、本願発明の奏する顕著な作用効果を看過し、相違点についての判断を誤ったものである。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3は認める、同4は争う。審決の認定判断は正当であり、審決に原告ら主張の違法はない。

2(1)  取消事由1(手続的瑕疵)について

〈1〉 原告らは、引用例1は、拒絶理由においては、「レンズ表面に光源又は光検出子、光ファイバを接合した点」に関して引用されたものであり、「光結合器の積層体とした点」に関して引用されておらず、この点に関して引用されたのは、審決が最初である旨主張する。

引用例1についてなされた「レンズ表面に光源又は光検出子、光ファイバを接合した」というコメントは、光結合器を意味していることは明らかであるから、原告らの主張は、要するに、審査段階では「レンズ」というコメントがあるだけであるのに、審決でそれを「積層体レンズ」としたのは、審査段階において示されていない理由であるというにある。

しかしながら、原告らのこの点の主張は、一般的にレンズといった場合、単レンズだけではなく、積層体レンズをも意味することが自明であることを看過するものであって、失当である。すなわち、レンズにおいて、それが単レンズを示すのであれば、そのように特定するのが通常であり、何らの特定もなく一般的にレンズとされている場合に、そこから一義的に単レンズが導き出されるものではない。

そうすると、審査段階において引用された引用例1のレンズについては、一般的にレンズといっているだけであるから、このレンズの中には、単レンズだけではなく、レンズとしてごく普通のレンズである積層体レンズが含まれていることは当然のことである。

そして、引用例1記載のレンズが、積層体レンズであることは当業者ならずとも自明の事項であるから、「光結合器の積層体とした点」に関して引用されたのはこの審決が最初であるとする原告らの主張は、全く理由のないものである。

〈2〉 次に、原告らは、「引用例1と引用例2記載の発明とを組み合せて本願発明が成立するとの理由も、審決において初めて示されたものであり、それ以前に同様の内容は示唆すらされていない。」旨主張する。

原告らの主張は、レンズ表面に光源又は光検出子、光ファイバーを接合した点は、審査段階においても示されているように単なる周知事項にすぎないものであって、これにつき改めて意見を述べる機会を与えるまでもない事項であることを看過するものであって、失当である。

すなわち、引用例2は、「b.特開昭55-135806号公報」として拒絶理由に示されたものであることは争いのない事実であるから、この引用例2の公知事項から本願発明が容易に推考できるかどうかを判断するにあたって、引用例1のような当業者が当然了知しているべき周知事項を前提とすべきことはいうまでもないことであるから、このような周知事項にっき、改めて意見を述べる機会を与える必要はない。

〈3〉 したがって、引用例1と引用例2記載の発明とを組み合せた拒絶査定の理由を通知されていないことに基づく原告らの手続の瑕疵の主張は、理由がない。

(2)  取消事由2(一致点の認定及び相違点に対する判断の誤り)について

〈1〉 原告らは、審決が本願発明と引用例1記載の発明とは「レンズ形成面側を相対向させて複数枚積層してなる積層体」の構成において一致するとした認定は誤りである旨主張する。

しかしながら、審決は、レンズ形成面の意義について、本願発明のように平板マイクロレンズによる積層体であるかどうかにかかわらず、レンズ一般においてレンズ形成面ということだけを問題にするならば、光の入出射においてレンズ作用を奏するものとして形成された面は、レンズ形成面として理解し得るという立場から、引用例1記載の発明のレンズにおいても、光の入出射においてレンズ作用を奏する面が形成されていることは明らかであり、したがって、引用例1記載の発明はレンズ形成面を相対向させて積層されて形成されている(2欄4行ないし9行、3欄1行参照)と認定したものである。

したがって、審決の一致点の認定に誤りはない。

〈2〉 原告らが引用例1についてなす主張は、審決が引用例1の記載事項について認否した事項と、全く関係のない事項についての主張であって、失当である。

すなわち、審決が、積層体と光ファイバーとの接合構造に関して、引用例1の記載事項として認定した事項は、光ファイバーを複数のレンズを積層してなる積層体の一端面に接合した構成についてであるから、原告らの主張する光ファイバーをレンズの最も屈折率の大きい部分に直接接合したといったことは、ここでは全く関係のないことである。

〈3〉 したがって、引用例1記載の発明の積層体として、本願発明とその構成上格別差異のない引用例2記載の発明の積層体を、通常の用法に従って用いれば、原告らの主張する参考図のようなものではなく、本願発明のような構成となることは明らかである。

〈4〉 本願発明において、平板マイクロレンズ(積層体)を用いるので、大きな作用効果を発揮するとの原告らの主張は、相違点に係る構成に基づくものであるが、それは引用例2記載の発明におけるレンズそのものが有する作用効果にすぎないから、格別のものではない。

第4  証拠関係

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

第1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願発明の要旨)、同3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

第2  そこで、以下原告らの主張について検討する。

1  成立に争いのない甲第2号証の1(願書並びに同添付の明細書及び図面、特許出願に係る発明が特許法30条1項に規定する発明であることを証明する書面の提出書及び同添付の刊行物)、同号証の2(平成元年9月11日付け手続補正書)によれば、本願明細書には、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。

(1)  本願発明は、LD(レーザーダイオード)あるいはLED(発光ダイオード)等の微少光源からの発散光を集束して光ファイバーに入射せしめる発信器、もしくは光ファイバーからの発散光を集束して光検出子で検出せしめる受信器等に用いる光結合器に関する。(願書添付の明細書1頁14行ないし19行)

(2)  従来から、光ファイバーを用いた光通信あるいは計測等の分野においては、光源等からの発散光を一点に集束せしめる小型光回路を基本要素の1つとしている。具体的には、別紙図面1第1図に示す如く、分布屈折率ロッドレンズ100の一端面にLD又はLED等の光源101を接触せしめるか、もしくは若干離して設け、他端面に光ファイバー102を接続し、光源101からの発散光をロッドレンズ100内において集束して光ファイバー102の先端面に入射せしめるようにしたり、あるいは、同図面第2図に示す如く、分布屈折率ロッドレンズ100の一端面に光ファイバー103を接続するとともに、他端面に光検出子104を取り付け、光ファイバー103からロッドレンズ100内に入射した発散光を集束して光検出子104の部分に集め、これを検出するようにしてある。また、従来にあっては、ロッドレンズ100の代りに球レンズ等も用いている。

このように、ロッドレンズあるいは球レンズ等を用いて発散光を集束せしめるデバイスを構成する場合、必要な精度でもって、多数のレンズをその軸心をそろえて一次元アレー状又は二次元マトリックス状に束ねなければならず、その作業が極めて面倒であるとともに、束ねた状態を保持するのに多数の工程を必要とする等の問題があった。(同1頁20行ないし3頁5行)

(3)  本願発明は、上記従来の問題点を有効に解決すべくなされたものであり、その目的とするところは、発信器あるいは受信器等を製作する際に、発散光を集束せしめるレンズを光軸整合等を行うことなく、極めて容易に一次元アレー状あるいは二次元マトリックス状に配列し得る光結合器を提供するにあり、このために要旨記載の構成(手続補正書別紙、特許請求の範囲)を採用した。(願書添付の明細書3頁5行ないし10行)

(4)  本願発明によれば、LD、LED等の光源、あるいは光ファイバー等からの発散光を集束する光結合器に、フォトリソグラフィー技術を用いることで、レンズ部分の位置を正確に決めた平板マイクロレンズの積層体を使用したので、レンズの配列作業を不用とし、かつ、平板マイクロレンズにLD、LED、光ファイバー、光検出子等を容易に取り付けることができるので、極めて容易に光結合器を製作し得る。

そして、光源又は光検出子、及び光ファイバーを、平板マイクロレンズを複数枚積層してなる積層体の表面に接合したため、屈折率差の大きい空気層との界面をなくすことができ、したがって、光ファイバーの端面反射による透過損失を減少せしめることができる。

さらに、本願発明によれば、透明基板の厚みを選択するだけで、すべての光ファイバー及び、光検出子又は光源の位置合わせを正確かつ簡単に行うことができる。(同7頁15行ないし8頁4行、手続補正書3頁4行ないし19行)

2  次に、原告ら主張の取消事由について検討する。

(1)  取消事由1(手続的瑕疵)について

〈1〉 成立に争いのない甲第3号証(拒絶理由通知書)、第4号証(拒絶査定の謄本)によれば、原告らが受領した拒絶理由通知書及び拒絶査定の謄本には、原告らが主張するとおりの記載がなされていたことが認められる。

上記認定事実によれば、本件の拒絶理由通知は、「本願発明は、引用例a記載の光結合器において、光集束手段を引用例b(本訴の引用例2)記載の平板マイクロレンズ積層体に置き換えたものにすぎない」ことを拒絶の理由とし、拒絶査定は、引用例1記載の発明を例示して「レンズ表面に光源又は光検出子、光ファイバを接合した点(これがいわゆる光結合器を意味することは技術的に自明である。)が周知であること」、また、昭和57年度電子通信学会総合全国大会講演論文集を引用して「平板マイクロレンズ積層体を光ファイバの結合に適用することが公知であること」を本出願当時の技術水準として摘示したうえ、「引用例a記載の光結合器に引用例2記載の事項を適用して本願発明を想到することは当業者が容易になし得る」ことを査定の理由としたことが明らかである。

そうすると、引用例1は、拒絶理由通知書には記載されていなかったものであり、拒絶査定時において「レンズ表面に光源又は光検出子、光ファイバを接合した点」が周知であることの例示として引用されたものであることが認められる。

そして、審決においては、前示事実欄第2、3の(2)〈1〉及び(4)〈2〉のとおり、引用例1は、「円柱状のレンズを設け、この円柱状レンズのレンズ形成面側を相対向させて複数枚積層してなる積層体の一端面に、集束性光ファイバーをその先端部がレンズ部分の軸線と一致するように接合し、更に上記積層体の他端面に、光源をレンズ部分の軸線と一致するように接合した光結合器」、及び、「光結合器の積層体」を示すものとして引用され、引用例2記載の発明の光結合器に用いる積層体を、この引用例1記載の発明の光結合器の積層体として採用することにより、本願発明は容易に想到し得たとされたものである。

〈2〉 原告らは、引用例1と引用例2記載の発明を組み合わせて本願発明が成立するとの理由は、審決において初めて示されたものであり、それ以前に同様の内容は示唆すらされていないから、審決には、特許法159条2項で準用する同法50条所定の拒絶理由通知をしないでした違法がある旨主張する。

拒絶理由通知制度は、審査官又は審判官が出願を拒絶すべき理由を発見した場合において、その理由を明示した通知をすることによって、出願人に防御権行使のための意見書の提出、さらに必要があれば手続補正書をも提出する機会を与え、もって特許出願手続の適正妥当な運用を図ることを目的とする制度であるから、拒絶査定不服の審判手続において、改めて拒絶理由通知を要するか否かは、この通知をすることなく審判請求を成り立たないとの処分をすることが出願人の防御権行使の機会を奪う結果を招来するか否かの視点から判断すべきものである。

〈3〉 これを本件についてみると、前記〈1〉のとおり、拒絶査定において、本願発明は、引用例1と引用例2記載の発明に基づいて当業者が容易に想到し得たものであるとの組合せは示されていない。

しかしながら、拒絶査定は、本出願当時の技術水準として、本願発明と同様なレンズ表面に光源又は光検出子、光ファイバーを接合した装置は周知であるとし、引用例1を明示しているのであるから、その送達を受けた原告らは、引用例1に記載された技術内容を検討して、本願発明の構成と対比する機会を与えられていたものである。

そして、引用例1の記載事項について検討すると、成立に争いのない甲第7号証(昭和56年特許出願公告第7203号公報)によれば、引用例1は、名称を「光結合器」とする発明で、その発明の詳細な説明には、「該光結合器は、図に示すように光集束性を有する光伝導体すなわち透明円柱状光集束体1、2からなり、これを発光素子である光源3とファイバー4との間に挿入し、光結合効率を高めようとするものである。」(2欄37行ないし3欄4行)、「光集束体1及び2はその長さZが…((3)式略)…になるように切断され、その端面は平面に研磨されている。そして、両中心軸を合わせて各集束体の端面を接合して一体とした光結合器が構成される。」(4欄1行ないし8行)、「屈折率分布が1((1)式を指すと認められる。)で近似される集束体は、レンズ作用があり、」(4欄12行ないし13行)と記載されていることが認められる。

そうすると、原告らとしては、引用例1には、レンズ作用のある透明円柱状光集束体1、2を光源3と光ファイバー4との間に挿入した光結合器が開示されていることを容易に認識することができ(引用例1記載の発明の構成が審決認定のとおりの構成といえるかは暫く置くとして)、少なくとも本願発明に近似した構成の光結合器として、引用例2等他の拒絶査定に示された刊行物とともに、本願発明の進歩性判断の資料となり得ることは十分予測できたことであるから、審判手続において改めて引用例1と引用例2記載の発明とを組み合せた拒絶理由通知を受けなくとも、引用例1記載の発明の技術内容について意見を述べ、拒絶査定の当否を争う機会は与えられており、その防御権を奪ったことにはならないというべきである。

〈4〉 したがって、審決には、特許法159条2項で準用する同法50条所定の拒絶理由通知をしないでした違法は存しないから、審決の手続的瑕疵についての原告らの主張は理由がない。

(2)  取消事由2(一致点の認定及び相違点に対する判断の誤り)について

〈1〉 前記(1)〈3〉認定の引用例1の記載事項によれば、引用例1記載の発明において、光源3、円柱状光集束体1、2、光ファイバー4を軸線が一致するように接合することは、光結合器を形成する目的から当然のことであり、また、透明円柱状光集束体は、1、2からなるもので積層されていることが明らかである。

したがって、引用例1には、「円柱状のレンズを設け、この円柱状レンズのレンズ形成面側を相対向させて複数枚積層してなる積層体の一端面に、集束性光ファイバーをその先端部がレンズ部分の軸線と一致するように接合し、更に上記積層体の他端面に、光源をレンズ部分の軸線と一致するように接合した光結合器」が記載されているということができ、審決が引用例1にこのような事項が開示されていると認定したことに誤りはない。

原告らは、レンズ形成面側を相対向させるという概念は、本願発明のようにレンズ部分とそうでない部分とが1つの部材に存在して初めていえることであって、引用例1には、レンズ形成面側を相対向させることは積極的に開示されていない、また、円柱状のロッドレンズを数えるのに複数枚とするのも無理がある旨主張する。

しかしながら、前掲甲第7号証によれば、引用例1には、「光集束体1、2は、光軸に垂直な断面内で半径方向の屈折率分布n(r)が…((1)式略)…で近似され、」(3欄5行ないし12行)、「屈折率分布が1((1)式を指すと認められる。)で近似される集束体は、レンズ作用があり、」(4欄12行ないし13行)と記載されていることが認められるから、引用例1記載の発明の光集束体の光軸に垂直な断面にはレンズが形成されていることが認められ、この断面は、「円柱状レンズのレンズ形成面」といえるというべきである。

したがって、引用例1記載の発明は、「レンズのレンズ形成面側を相対向させて複数枚積層してなる積層体」である点において本願発明と一致するとした審決の認定に誤りはない。

〈2〉 引用例1には、前示(2)〈1〉認定のように、「円柱状のレンズを設け、この円柱状レンズのレンズ形成面側を相対向させて複数枚積層してなる積層体の一端面に、集束性光ファイバーをその先端部がレンズ部分の軸線と一致するように接合し、更に上記積層体の他端面に、光源をレンズ部分の軸線と一致するように接合した光結合器」が示されており、その接合方法については、前掲甲第7号証によれば、「両レンズ体をその光軸を一致させて接着して直径…mm、長さ…mmの光学結合素子とした。」(5欄34行ないし右欄1行)、「発光ダイオードをレンズ1の端面中心部に、また、径…mm、開口角が、レンズ2と同じ集束性光ファイバーをレンズ2の中心部にそれぞれ光学接着して…」(6欄7行ないし10行)と記載されていることが認められるから、光ファイバーと光源をレンズ部分の軸線と一致するように接合した光結合器が示されている。(別紙図面2参照)

他方、引用例2には、「表面を平面状とした透明基板内にミクロン単位の大きさの半球状レンズもしくは平たいレンズ部分を前記表面と面一に一体的に形成した石英ガラス板と、この石英ガラス板のレンズ形成面側を相対向させて複数枚積層してなる光結合器に用いる積層体」が記載されていることは、当事者間に争いがない。

そして、成立に争いのない甲第6号証(昭和55年特許出願公開第135806号公報)によれば、引用例2は、名称を「超小形レンズの製造方法」とする発明であり、その発明の詳細な説明には、「本発明は更に光源とレンズを有する結合素子にも関しており、」(4頁右上欄4行ないし5行)、「ガラス板72は球レンズ73をもち、このレンズ73は、レンズ中心がレーザダイオード63から出る光源の主軸に一致するように整列させる。」(4頁右上欄20行ないし左下欄2行)と記載されていることが認められ、これによれば、引用例2には、レンズと光源を、レンズ中心が光源となるレーザダイオードから出る光線の主軸に一致するように整列させることが示されているということができ、ここで、該主軸は、球レンズを持つガラス板に垂直であることは、別紙図面3第6図の記載からみても明らかである。

そうすると、引用例2記載の発明の光結合器に用いる積層体を引用例1記載の発明の光結合器の積層体として採用するに際しては、引用例2記載の積層体の軸線であるガラス板に垂直な主軸に光源及び光ファイバーを配置することは当然に予見されるところである。

以上により、引用例2記載の発明の光結合器に用いる積層体を引用例1記載の発明の光結合器の積層体として採用して、本願発明のように構成することは、当業者が容易になし得たことと認められる。

原告らは、引用例1及び引用例2記載の発明のいずれにも、非レンズ部分に光ファイバーが直接接合された構成が示されていないので、この2つの発明を組み合せても、レンズ部分に光ファイバーが直接接合されたもの、すなわち、積層体をレンズ部分で切断し、その断面のレンズ部分の中心に直接光ファイバーが接合された構造(別紙図面4参考図のようなもの)しか得られない旨主張するが、引用例2記載の発明の光結合器に用いられる積層体の軸線は、前示のとおりであるから、この軸線とは異なる軸線で、しかも、レンズ部分を切断し、その断面のレンズ部分中心に直接光ファイバーが接合された構造を採用しなければできない軸線をあえて採用することはあり得ないことであり、原告らの主張は理由がない。

また、原告らは、本願発明が極めて大きな作用効果を発揮する旨主張するが、これまでに認定した引用例1及び引用例2記載の発明の構成からみて、本願発明の奏する作用効果は、これらの発明の奏する作用効果から当業者が予測可能なものであるということができ、本願発明の作用効果につき、これを予測し得ない格別のものであると認めることはできない。

〈3〉 以上により、本願発明は、引用例1及び引用例2記載の発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとした審決の認定判断に誤りはない。

3  そうすると、原告らの主張する審決の取消事由は、いずれも理由がなく、審決に原告ら主張の違法はない。

第3  よって、原告らの本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担にっき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、93条1項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 関野杜滋子)

別紙図面1

図面の簡単な説明

図面は本発明の実施の一例及び従来例を示すものであり、第1図及び第2図は従来の光結合器の斜視図、第3図乃至第4図は発信器等に用いる本発明に係る光結合器の平断面図、第5図は受信器等に用いる本発明に係る光結合器の平断面図である。

尚、図面中1、7は光結合器、2、9、10は平板マイクロレンズ、3、8はレンズ部分、4、11は積層体、5、12は光源、6、13は光ファイバー、25は光検出子、lは軸線である。

〈省略〉

別紙図面2

図面の簡単な説明

図面は本発明の一実施例を示す側面図である。

1……第1の光伝導体、2……第2の光伝導体。

〈省略〉

別紙図面3

図面の簡単な説明

第1図は半球状凹部をもつ石英ガラス板の部の橫断面図、第2図は被覆した板の橫断面図、第3図は仕上げ研磨後の第2図に示す板の横断面図、第4a図は仕上げた球レンズの横断面図、第4b図は仕上げた平たい形状のレンズ、第5図は被覆装置の概略図、第6図は結合素子の概略図である。

1…石英板、2、3、4…単球状レンズ、6…層、7、8、9…半球状レンズ、10…球レンズ、11-11A…石英ガラス、51…反応管、52…電気炉、53…マイクロ波共振子、61…支持体、62…銅ブロック、63…レーザダイオード、64、65…ガラス供給孔部材、66、67…接続ピン、68、69…リード線、70…キャップ、71…容器、72ガラス板、73…レンズ。

〈省略〉

別紙図面4

〈省略〉

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